がんばろう!岩手のスポーツ

岩手スポーツ応援団長を勝手に名乗る平藤淳の個人的なブログです

一人だけ目線の違う人/秋田竿燈まつりを見て

当たるはずがないだろう…と申し込んだ観覧席が当選し、
泊まれるはずがないだろう…と調べたホテルに空きがあり、
3年ぶりの開催という「秋田竿燈まつり」に行ってきました。

現地で本物を初めて見ましたが、
さすが、東北三大祭り(秋田の竿燈、青森のねぶた、仙台の七夕)の一つだけあって、すごいお祭りでした。

竿燈入場から演技終了まで1時間半ということを知り、
(動きがあんまりなさそうだから、飽きてしまうかもね)と思っていたのですが、
なんとなんと、さまざまな工夫が施されていて、拍手と手拍子と歓声を上げ、写真を撮っているうちに終了。
あっという間でした。

演技団体の移動が行われ、どの場所にいても、別の三つの団体の演技が目の前で見られるようになっています。
団体が変わるごとに、竿もどんどん長くなり、演技もどんどん難しいものになってゆくように感じました。三つ目の団体のころになると、あっちを見たりこっちを見たりと、もう大変。

気がついたことがあったのです。

「なんとか責任者」という腕章をまいた方が、各団体に一人ずついました。
左の写真の右端の人、右の写真の担ぎ手の間でこちらを向いている人、です。
この人たちは、上を、つまり竿燈を、ほとんど見ないのです。

少し離れて担ぎ手を見ていて、交代の指示をしたり、時々近づいては、竿燈を乗せている位置や帯の様子を見たりと、忙しく動き回っています。
右の写真は、終わりごろの見せ場で、わざと竿燈を寄せ合っています。誰もが顔を上げて竿燈に目をやっていますが、黒マスクの「責任者」の人は、やっぱり担ぎ手を見ています。

なるほど、
竿燈が倒れる原因は、担ぎ手にあるのです。
竿燈の素晴らしいパフォーマンスも、担ぎ手がつくり出しているのです。

全国各地からやってくるお客さまに素敵な竿燈の動きを見せるため、そして安全のために、担ぎ手をずっと見ている人がいる…ということに気づきました。

今、世の中では、いろいろなことが変わろうとしていますし、私たちにも変えようとしていることがあります。
何かを変える時には
「出来上がり」の様子を「作り手」は想像し、「使い手」もやっぱり「出来上がり」を期待するものです。

でも、
「担ぎ手」がいて初めて何かができあがること、そして、その担ぎ手を注意深く見守り維持・向上をさせてあげる人もいなければ続いてゆかないこと…を忘れてはいけないのです。

おそるべし!秋田竿燈

***

思い出したこと。
40年以上前に受けた、ラグビーのレフリー研修。

(君は、
 ボールがキックされた時、
 ボールを目で追っているね。
 なんで?

 ボールは反則をしないし、
 危険なプレーもしない。
 見るべきは
 ボールではなく、
 プレーヤーなんだよ。

 はい、
 やりなおし!)

***

■これから私は■

部活動改革としての「部活動の地域移行」が話題になっています。
その動きの中で、
だれが「担ぎ手」なのかを確認し続けること、
そして、
「担ぎ手」を見続けることを大切にします。