昨日は大雨の中、釜石で夕食でした。
1989年に釜石南高校を卒業した方々の同窓会に呼ばれて
出席してきました。
私が、当時、学級担任をした関係でお声をかけていただきました。
参加者は41歳が標準の年齢ということでした。
彼らが卒業した時の私は、な、ななんと、33歳!
昔の話が出るたびに「穴を掘っても入りたい」気持ちになります。
あの時は、私も一生懸命でしたが、まだまだ力がたりませんでした。心よりお詫び申し上げます。
それはさておき、
社会人として、父として、母として、これから力を発揮してゆく皆さん、つまり、上り調子の皆さんの勢いを肌で感じることができました。
私も、もうひと踏ん張りしないといけないな…と、お集まりの皆さんに励まされたような気がします。
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50人ほど集まったでしょうか、この学年は7クラスでしたので集まり具合は悪いのですが、震災津波の翌年ですので、様々な事情があるのだと思います。
泊るところもありません。私もお酒は飲まずに、日帰りにしました。
会の冒頭にこうありました。
(とにかく黙祷です。)
誰に、何に…ではありません。とにかく…です。
津波被災地です。様々なことがあったと思います。
来たくても来られない人もいるでしょうし、連絡がつかない人も当然います。仮設住宅に住んでいる人もいました。
途中で、誰かが持ち込んだ「卒業アルバム」が回ってきました。
みんな、キャアキャア言いながら見ています。
私の隣の女性に回ってきました。じっと自分のクラスの写真を見ていました。こう呟いたのが聞こえました。
(アルバムがあって、いいなぁ)
たまらず、聞いてしまいました。
果たして、家ごと流されたのだそうです。
浮ュて、それ以上は聞けませんでしたし、本人も、それ以上は何も話しませんでした。
様々なことを背負って、そして、受け入れて生きてゆかなければならない、40代の卒業生たちです。
釜石のために、岩手のために、日本のために、がんばれ。
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雨でしたが、前から約束していた
「2012アート&クラフト〈土澤〉マーケット」に行ってきました。
この天気なのに、たいそうな人出です。
土澤の街は、年に何度か大きく深呼吸する街です。
昨日・今日はその日の一つです。
手作り品の露店販売会という趣のイベントで、
家の者は時間のたつのも忘れてあちらこちらのブースを覗き込んでいます。本当に楽しそうです。
私は、チラリと見るだけですので、雨宿りをしながら、通りの人たちを眺めています。
気がつきました。
男の居場所を作ってあげれば、もっと多くの人が来るだろう…と。
と同時に、
4年も前にこのブログで、「連れてきた人」の「居場所」と「すること」を準備していないことに気がついていたことを思い出しました。
もしかすると、
私は、気がつくことが得意でも、その解消のために何かを実行することを不得手にしている人間かもしれません。
であれば、
私自身が、「なにかを実行する人」のスキルを身につけるか、
「なにかを実行する人」を探して実行していただくほかないのでしょう。
一人ですべてができるはずもなく、後者が現実的なのかな…と考えた、大雨のみどりの日です。