昨日、今日と第38回東北総合体育大会のために、宮城・山形に行ってきました。
今年の東北総合体育大会の実施形態は、震災津波の影響で通常の年とは異なっているということは、先にお知らせしていました。
会場も会期も分散していますので、
この2日間では、宮城県で行われたバレーボール、バスケットボール、山形県で行われた軟式野球しか応援できませんでした。
どの競技も、
私個人は久しぶりに見るものでしたし、
ゲームのはじめから終わりまで、まるまる応援することが
できましたので、応援のしがいがありました。
みてきた全競技についていえば、
岩手県チームは以前より上向いている…
特に軟式野球の選手たちのイチローのような体つきをみて…そう感じてきました。
山口国体でもがんばってほしいものです。
(写真はバレーボール会場での写真です。奥に写っているのは、山形県代表でプレミアリーグに参加しているパイオニア・レッドウイングス。この人たちもイチローのような体つきでした)
**********
山形道から東北道につながる村田ジャンクションを過ぎたところで「盛岡200km」という表示が眼に入りました。
(まだ、200kmもあるのかぁ…)
と気が遠くなりそうでした。
お昼ごはんを食べた後でしたので、本当に気が遠くなり、しばらくの間、気を失っていました。
(はっ!?)
と気が付くと、高速道の表示は「盛岡105km」とありました。
(ぎゃぁ! 100kmも居眠りしていた!)
運転していたナカムラさん、本当に、ごめんなさい。
*****
途中の上り車線のパーキングに自衛隊の車両が、沢山、止まっていました。
「7師団の災害派遣」というエプロンが見えたような気がしましたし、「化学なんとか」という表示もついていました。
(えっ!? 災害派遣?)
岩手県への自衛隊の災害派遣は7月26日で終わっていますので、もう、東日本大震災津波被害への自衛隊の災害派遣は終わったような気がしていました。
調べてみると、福島県では自衛隊の支援をいただいて復旧作業中です。
きっと、パーキングの車両は北海道・千歳の「第7化学防護隊」が福島に行く途中だったのだろうと、また、勝手に思っています。
その後も、
上り車線を走る自衛隊の車両と、沢山、すれ違いました。第9師団の車両も走っています。
こちらは、災害派遣のエプロンはありませんでしたが、本当にありがたいな…と感じました。
自分の目に見えるところに自衛隊の方々がいなくなったからといって、支援が終わっていると考えてしまうことは、盛岡の状況をベースに沿岸のことを想像することと通じるように思えます。
今の自分の状況が「すべて」のような勘違いをしている、私でした。
あぶない、あぶない。