国際スケート連盟(ISU)が、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのスピードスケート出場枠を発表し、岩手県盛岡市の吉田雪乃さん(寿広=盛岡市)の代表入りが確実になったという報道がありました。
全日本スピードスケート選手権(12月26〜28日)への出場が選考条件とのことで、正式な発表は来週、あるいは大会終了後になるのでしょう。
吉田さんは、盛岡工業高校を卒業し、県内企業に就職して岩手に練習拠点を置き続けてきた選手です。
そして、スピードスケートで岩手の選手が五輪に出場するのは、1952年オスロ大会の工藤祐信さん以来、実に74年ぶり。
県民にとって誇らしいニュースであり、発表されれば大きな話題になるはずです。
その前に、どうしても書いておきたいことがあります。
■ もう一つの「岩手アスリート」の物語
12月14日、日本スケート連盟はショートトラックの内定選手を発表しました。
男子は4名、補欠が4名。その補欠の一番上に、松津秀太(シリウスEHC)の名前があります。

松津さんは埼玉県出身ですが、大学卒業後に盛岡のシリウスEHCに所属し、国民スポーツ大会では岩手代表として活躍してきた選手です。
10月・11月には日本代表としてワールドツアーにも出場しました。
まぎれもなく「岩手アスリート」です。
しかし、あと一歩のところで五輪を逃しました。
その悔しさを思うと胸が痛みます。
■ ふと浮かんだ問い
あと4年、岩手で頑張れるのだろうか。
あと4年、岩手は彼を支え続けられるのだろうか。
「岩手が支える」と書きましたが、実際に支えているのは、所属企業、寄付をしてくださる企業、関係者など、ごくわずかな人たちです。
その方々には心から感謝しています。
一方で、
世界で活躍すると、多くの人が「岩手の選手」と誇らしげに語ります。
それは嬉しいし、誇らしい。
でも、
彼らの挑戦を日々支えているのは、ほんの少数の人たちなのです。
もしその支援が途切れたら──。
次の4年間を「岩手」が背負うことはできなくなります。
■ もし岩手を離れる選手が出ても、責めることはできない
支えきれず、岩手を離れる選手が出たとしても、その人を責めることはできません。
「岩手」という言葉を大きく使いすぎてきた私たち(いや、私)が、むしろ問われるべきなのだと思います。
■ ほんの少数が背負ってきた「岩手」を、もっと多くの人が担えるように
いまの岩手のスポーツ支援は、あまりにも少数の善意に依存しています。
このままでは、世界を目指すアスリートを守り続けることはできません。
ほんの少しの人たちが背負ってきた「岩手」を、
一人でも多くの人が参加できる「岩手」に。
そのために、私たちは何を変えられるのか。
吉田さんの快挙を喜ぶ今こそ、考えるべき時なのだと思います。